「ねぇねぇ、知ってる??」
───── 夏の間、幾つもの宵が、想いを重ねて、
山の麓の街に、想いの数だけ 光が降るんだって。____
空からこぼれた星の欠片みたいに、灯りが並び、
通りには五百を超える屋台が咲いて、
風には誰かの笑い声が混じる。
ふたりで引く飴の味が、偶然重なったとき、
そっと目を合わせるその瞬間。
ひとつの灯をふたりで包む手のあたたかさ。
それは恋かもしれないし、
言葉にならない友情の続きかもしれない。
なにかが始まり、なにかが終わる。
けれど、きっと何かが残る夜。
人の数だけ、物語があって、
灯りの数だけ、祈りがある。
だからみんな、毎年この日を待っている。
静かに、確かに。
願いをひとつ、胸の奥に隠しながら。
通りは、光と声と匂いで満ちていた。
屋台が咲くみたいに立ち並んで、
道を歩けば、風が幾つもの記憶を運んでくる。
甘い蜜の香り、焼きたての香ばしさ、
くじを引く鈴の音に、金魚の水音が重なる。
笑い声は絶えず、
ひとつの屋台から次の屋台へ、
まるで焚き火の火種みたいに移っていく。
誰かが射的に夢中で、
誰かがただ風鈴の音に耳を澄ませている。
屋台は、思い出を売っているのかもしれない。
賑やかなのに、ふしぎと静かで、
まるで世界から余白をもらったみたいな空間だった。
ここでは誰もが、それぞれの“夏”を持っていた。
きらきらして、ちょっとだけ切なくて、でもちゃんと温かい。
祭りが始まると、
誰からともなくその話が囁かれはじめる。
「一度はやってみたいよね」
「今年こそ」
「ほら、あれだよ、あのふたつ」
ひとつは――
屋台の奥の奥、
静かな裏路地にひっそり現れるという、
不思議なくじ引き。
《願掛け飴くじ》
見た目はただの棒付き飴だけれど、
ふたりで同じ味と色を引き当てたなら、
それは偶然じゃない。
味と色の重なりに宿る小さなジンクスは、
恋にも友情にも、そっと風を送ってくれる。
もうひとつは――
夜が深まる頃、灯の広場にだけ現れる、
ほの明るい静かな場所。
《結灯(ゆいび)》
ふたりでそっと灯火を灯す。
揺らめく光は、その夜の心の温度を映し、
やがて想いの先へと舞い上がっていく。
毎年、誰かの気持ちをそっと運ぶ
ふたつの縁の遊び。
笑いながら、ちょっとだけ緊張しながら、
いつもより少しだけ相手のことを知れる、
そんな時間。
願いを引くか、光に込めるか。
どちらを選ぶかは、その時のふたり次第。
それはきっと――
この祭りの夜がくれる、特別な魔法みたいなもの。
光の列が遠ざかり、笑い声が風に溶けてゆくころ、
空にほどけた音の名残りが、
夜風にやさしく溶けていく。
あんな賑やかだったのに、
気がつけば、色とりどりの提灯が、
夢の記憶みたいに瞬くだけの静けさが街を包んでいた。
誰かの笑顔、
誰かの想い、
すれ違いの声や、ふとした沈黙さえも、
全部ひとつに混ざって、祭りの夜に染みこんでいく。
誰かと歩いた道も、ひとりで見上げた夜空も、
この祭りの中では、どれもかけがえのない景色になる。
また来年もきっと――――
この光と音と想いの中で、それぞれの“夏”がはじまり、
誰かの胸に物語が生まれていく。
そして願う――
この想いが、誰かの胸にそっと、
灯り続けていますように。
今日の記憶が、そっと、優しく、
心の奥で灯り続けていますように。