日が傾き、海が夕の色に染まるころ。
風は静かに、誰かの想いを攫っていく。
夏の終わりを告げるこの浜辺で、
言葉にならなかった気持ちや、
胸に残った景色を、
ひとつの小さな器に託して──
燃える灯は願いとなり、
静かな波に抱かれて、
やがて遠くへ流れていく。
この夜のためだけに用意された、
ささやかで、けれど確かに尊い儀式。
誰にも縛られず、誰にも見せず、
それぞれの「さよなら」を、海に届けるために
『潮送りの儀(しおおくり)』
――その灯、海へ帰るまで――
──言えなかった言葉も、ひと夏の記憶も。
すべてを海に預けて、
また日常へ還るための、静かな儀。
『潮送り』――それはただの送別の儀ではない。
静かに潮が満ち引くように、
ひとときの別れを包み込むこの行事には、
いつからともなく囁かれ続けている“ある噂”がある。
誰が言い始めたのか、
どこまでが本当なのかは誰も知らない。
けれど、毎年この季節になると、
決まってその話題はひそやかに語られ始めるのだ。
まるで、潮の音に混じって、
何かが忍び寄ってくるように。
こうして、波に託された想いは、
夜の海へと静かに溶けてゆく。
見送ったのか、見送られたのか――
その答えを知るのは、きっと、潮だけだ。