潮送り

The Tide's Farewell

日が傾き、海が夕の色に染まるころ。
風は静かに、誰かの想いを攫っていく。

夏の終わりを告げるこの浜辺で、
言葉にならなかった気持ちや、
胸に残った景色を、
ひとつの小さな器に託して──

燃える灯は願いとなり、
静かな波に抱かれて、
やがて遠くへ流れていく。

この夜のためだけに用意された、
ささやかで、けれど確かに尊い儀式。

誰にも縛られず、誰にも見せず、
それぞれの「さよなら」を、海に届けるために



『潮送りの儀(しおおくり)』
――その灯、海へ帰るまで――

 ──言えなかった言葉も、ひと夏の記憶も。
すべてを海に預けて、
また日常へ還るための、静かな儀。

  • 🕯【概要】
    臨海学校最終日の夕暮れ前に行われる、
    浜辺での小さな儀式。
    参加は自由。
    ただそこに立つだけでも、器を流すだけでも、
    何も書かなくてもいい。
    それぞれが、それぞれのやり方で夏を送り出す。
  • 🌊【器について】
    ・午前中:器づくり(自由参加)
    → 希望者は午前の自由時間に
    浜辺で”潮送りの器”を作る。

    流木・貝殻・砂・魔法灯の核を組み合わせた、
    小さな手のひらサイズの舟のような器。
    どんな形でも構わない。
    名前を刻む者もいれば、何も飾らない者も。

    ・既製の器も用意されている
    → 参加のみ希望する生徒には
    学園側が用意した器が配布される。
    装飾はないが、灯火を灯すための仕組みは同じ。

    「器に想いを込めたい人」と
    「そっと流したい人」、
    どちらも尊重される。
  • 📜【灯火と”ことば”】
    器の中には、小さな紙や魔符を入れてもよい。
    内容は自由。書かなくてもかまわない。

    読まれることはないし、誰にも見せなくていい。
    ただ、そこに”今の自分”があれば、それで充分。
  • 🔥【儀式の流れ】
    1.夕暮れ時、生徒たちは浜辺に並ぶ

    2.それぞれの器に、魔法灯火を灯す

    3.合図はなく、
    思い思いのタイミングで器を波に流す

    4.灯された器は沖へと進み、
    魔法の力で自然に還っていく

    5.誰も声を出さず、そのままゆっくりと場を離れる


『潮送り』――それはただの送別の儀ではない。

静かに潮が満ち引くように、
ひとときの別れを包み込むこの行事には、
いつからともなく囁かれ続けている“ある噂”がある。

誰が言い始めたのか、
どこまでが本当なのかは誰も知らない。
けれど、毎年この季節になると、
決まってその話題はひそやかに語られ始めるのだ。

まるで、潮の音に混じって、
何かが忍び寄ってくるように。

  • 「灯が星になる」
    潮送りの夜一一器を海に流したあと、
    ふと空を見上げた生徒が呟いた。

    「あの星、さっきの灯と同じ色だった気がする」

    それは星図にも記されていない、
    一晩だけの光。 

    遠く沖へ流れた灯が、
    夜空に浮かぶ"もうひとつの願い”になったのでは――
    と、誰かが言った。
  • 「戻ってきた器」
    朝、潮の引いた浜辺に、
    無傷のまま戻ってきた器が見つかることがある。

    それには灯も”ことば”も残ったままで、
    「まだ海が預かっていない」と囁かれる。
    その器はそっと回収され、本人に返されるか、
    もう一度送り出される。

    「想いが未完成だった」と感じた者もいれば、
    ただ静かに笑って受け取る者も。

こうして、波に託された想いは、
夜の海へと静かに溶けてゆく。

見送ったのか、見送られたのか――


その答えを知るのは、きっと、潮だけだ。